日本の海には3,000種以上の魚が生息し、そのうち食用とされる魚は500種類程度いるとされています。
しかし、私たちが近所のスーパーで出会うのは、せいぜい数十種類。タイ、アジ、サバ、マグロ、サーモン……。では、それ以外の魚たちはどこにいるのでしょう。
その答えは漁師町です。都心から離れた漁師町や港町を訪れると、普段は見かけない魚に出会うことができます。
では、なぜ漁師町でしか見られない魚がいるのでしょうか。その背景にはいくつかの理由があります。
そのひとつは「届ける仕組み」の問題です。多くの魚は鮮度が命で、獲れたその日に流通させるのがベストです。しかし、他の魚を狙った漁で同時に混獲される魚の多くは、まとまった量が獲れないため毎⽇の流通に乗せるにはコストが合いません。ほかにも、鮮度がすぐ落ちたり、見た目が独特なことから売りにくく、市場に出回らない魚もいます。
こうした魚は「未利用魚」と呼ばれることもありますが、いずれも魚の美味しさ、価値とは関係ありません。中でも美味しい魚はその土地でしか味わえない「地魚」として、漁師町を中心に古くから親しまれてきました。このように流通網には乗りにくく、知名度が低かった地魚を紹介します。
●トクビレ(ハッカク)(本州北部・北海道)
(トクビレ)
トクビレ(Podothecus sachi)は、オスの第二背ビレと尻ビレが大きく発達することから、「特別大きいヒレ」を意味するトクビレという名がつきました。また、体が硬い骨板に覆われて角張っており、横断面が八角形であることから「ハッカク」の名でも呼ばれています。もともとホッケなど別の魚の漁にかかる魚で、地元で楽しまれてきましたが、その味のおいしさから、近年では漁獲される地域以外でも高価で取り扱われるようになってきました。
●ゲンゲ(富山県)
(ゲンゲ)
ゲンゲ(ゲンゲ科/Zoarcidae)は深い海の底に棲む深海魚で、全身がヌルヌルとしたゼラチン質に覆われています。グロテスクな見た目から「下の下の魚」と呼ばれていました。かつては底引き網にかかっても網を傷めるとして捨てられていましたが、実は非常に栄養価が高く、ゼラチン質の体にはコラーゲンが豊富です。そのため近年では、地元で愛される魚として再評価されています。
●ウツボ(高知県・和歌山県)
(ウツボ)
「海のギャング」と呼ばれるウツボ(Gymnothorax kidako)は、鋭い歯と獰猛な性格で知られていますが、高知県や和歌山県では古くから貴重なタンパク源として重宝されています。白身で淡白な味わいと、プルプルとした皮の食感が人気です。
ここまでは、鮮度が落ちやすかったり見た目が独特だったりすることを理由に、かつて市場に出回ることが少なかった魚たちを紹介しました。一方、広く流通している魚でも、漁師が船上で獲れたてを味わう料理や、家庭に受け継がれてきた郷土料理など、漁師町ならではの食文化が今も各地に残っています。ここでは、そんな漁師町ならではの食文化をいくつかご紹介します。
●なめろう(千葉県・茨城県)
(なめろう)
アジやイワシなどの青魚を、味噌や薬味と一緒に叩いて作るなめろうは、房総半島の漁師たちが船の上で作っていた「漁師めし」でした。名前の由来は「皿をなめるほどおいしい」ことからついたとも言われており、房総半島に伝わる郷土料理として知られています。包丁一本あれば船上でも調理できる手軽さと栄養価の高さから重宝され、今もなお愛され続ける漁師料理の定番です。なめろうをさらに焼いたものが「さんが焼き」、出し汁をかけるのが「なめろう茶漬け」と、なめろうのスタイルはさらなる広がりを見せています。
●ひゅうが飯(鯛めし)(愛媛県・宇和島)
(ひゅうが飯(鯛めし))
愛媛県宇和島地方の郷土料理「ひゅうが飯(鯛めし)」は、鯛などの刺身を醤油や卵、薬味と和え、熱いご飯にのせて食べる料理です。もともとは平安時代ごろ、伊予水軍が船上で食べたのが始まりという説もあるほど、古くからこの地域で親しまれてきました。新鮮な魚が手に入る漁師町だからこそ生まれたこの料理は、今でも宇和島地方の家庭料理として楽しまれています。醤油の効いたタレと刺身の旨みが一体となり、口いっぱいに広がる味わいは絶品です。
今回紹介した魚は、ほんの一部です。日本の海には、まだまだ知られていないおいしい魚がたくさんいます。また、よく知られている魚であっても、地域によって独自の食べ方が受け継がれていることもあります。近年ではそうした魚に新たな価値が見出され、珍しい魚をあえてメニューに取り入れるお店も増えてきています。漁師町を訪れた際には、地元のお店や市場をのぞいてみてください。そして、その土地でしか出会えない魚を探しながら、地域ならではの味わいや食文化をぜひ堪能してみてください。