金色に輝く数の子。子孫繁栄の縁起物として、お正月のおせち料理の中でもひときわ存在感を放っています。噛んだ瞬間、口のなかに響く、あの「パリポリ」という独特の音と食感は、数の子ならではの魅力です。
では、なぜ数の子はあんなにもパリポリするのでしょうか。その答えは、数の子の親である「春告魚(はるつげうお)」ニシンの産卵戦略に隠されています。
骨まで愛される魚、ニシン
(ニシン)
数の子の親魚であるニシン(Clupea pallasii)は、北太平洋の冷たい海に広く分布するニシン目ニシン科の海水魚です。日本では春になると産卵のために北海道沿岸へ大群で押し寄せ、その姿がまさに「春が来た」という合図になることから、古くから「春告魚」と呼ばれてきました。春告魚は春の季語にもなっています。
北海道のニシン漁の歴史は江戸時代にさかのぼります。明治30(1897)年には北海道のニシン漁獲量が約97万トンに達するほど盛んでした(令和6(2024)年は約2万トン(速報))。当時の漁師たちは「鰊(にしん)御殿」と呼ばれる、ニシン漁の経営者の居宅と漁夫の宿舎を兼ねた建物で暮らしており、小樽や余市、積丹半島の沿岸には、今もその面影が史跡として残っています。
(小樽市鰊御殿)
産卵期にオスが放精すると、海が一面乳白色に染まる「群来(くき)」と呼ばれる現象が起きます。かつて北海道の春の風物詩だったこの光景は、昭和30年代以降の漁獲量激減により長く途絶えていましたが、稚魚の放流や資源管理の取り組みが実を結び、近年は再び各地で確認されるようになっています。
数の子は、お正月のおせちに欠かせないため、冬の食べ物である印象が強いですが、ニシンが産卵するのは春の季節です。冬の食卓に並ぶ数の子はその年の春に獲れたニシンの卵を加工したものなのです。
美食家として知られる北大路魯山人は、昭和5(1930)年に書いたエッセイ『数の子は音を食うもの』のなかで、こう綴っています。「数の子を歯の上に載せてパチパチプツプツと噛む、あの音の響きがよい。もし数の子からこの音の響きを取り除けたら、到底あの美味はなかろう」と。さらに魯山人は、数の子を噛んだときの感覚を「口中に魚卵の弾丸のように炸裂(さくれつ)する交響楽」とまで表現しました。
私たちが食べ物を楽しむとき、味覚だけで「おいしい」と感じているわけではありません。噛んだときの音、歯ざわり、舌ざわりなど、五感のすべてで食を体験しています。数の子は、その「音で食べる」楽しみをとりわけ強く感じさせてくれる食材です。では、あの独特のパリポリとした歯ごたえは、いったいどこからくるのでしょうか。
その答えは、ニシンの「産卵のしかた」にあります。
実は、数の子の原料となるニシンは、前述した「太平洋ニシン(Clupea pallasii)」と「大西洋ニシン(Clupea harengus)」の2種に分かれます。この2種は、産卵場所が異なり、その違いが、数の子の食感を決めています。
太平洋ニシンは、コンブのような海藻に卵を産みつけます。海藻が潮の流れに揺られても離れないように、卵は強い粘着性を持っています。卵同士もギュッと結着するため、塩蔵したときに一粒一粒がしっかりとまとまります。これが、あの「パリポリ」と弾けるような食感を生み出しているのです。
数の子のほかに、この粘着性を巧みに利用した食品が「子持ち昆布」です。カナダ西岸やアラスカの沿岸では、春に沿岸へ押し寄せる大群のニシンをコンブの藻場に誘導し、コンブの表面に直接卵を産みつけさせます。太平洋ニシンの卵に粘着性があるからこそ成立する、自然の力を借りた食文化といえるでしょう。
(子持ち昆布)
一方、大西洋ニシンは、岩場や砂利の海底のような場所に卵を産む習性があります。海藻に固着させる必要がないため、卵の粘着力は太平洋ニシンほど強くありません。そのため、大西洋ニシンの卵から加工される数の子は粒同士のまとまりがやや緩やかで、食感はソフトになります。これらは用途や調理法によって、使い分けられています。
このように、数の子のあのパリポリという音や独特の食感は、太平洋ニシンが少しでも多くの子孫を残すために発達させた、強靭な卵膜に由来しており、長い進化の過程で獲得した、産卵戦略の産物といえるでしょう。
日本には、四季折々の恵みを長く楽しむため、素材を保存する技術が発達しています。その代表的な方法のひとつが塩蔵です。塩を用いて食材の水分を抜き、保存性を高める技法で、古くから日本の食を支えてきました。数の子もその技法が用いられる食材の一つで、春に産み落とされたニシンの卵は、塩蔵加工の後に保存され、半年以上の時を経て、冬の食卓へと届きます。
塩蔵は数の子の保存期間を伸ばすためだけの効果ではありません。
魯山人が「口のなかの交響楽」と表現したあの音や食感は、ニシンの卵を岩や海藻にしっかりと付着させるための強靭な卵膜が、塩蔵という保存技法によって締まることで生み出された産物なのです。お正月の食卓で数の子を味わった際には、食感を楽しみ、背景にある春告魚ニシンの産卵戦略と人間の保存の知恵を思い出してみてください。
日本では、ニシンの他にも春の時期に楽しまれてきた「春告魚」が知られています。
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春を告げる海の使者:全国の春告魚を巡る旅 東日本編
春を告げる海の使者:全国の春告魚を巡る旅 西日本編