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なぜ「おかしら付き」といえばタイなのか──海と祝いの文化をひもとく

日本でお祝いの席に並ぶ魚といえば、やはりタイです。とはいえ、頭の部分を食べる文化はタイだけではありません。マグロの「カマ」や「ほほ肉」は人気ですし、イワシのように丸ごと頭から食べる魚も多くの人に親しまれています。それでも「おかしら付き」と聞くと、多くの人が真っ先にタイを思い浮かべるのはなぜでしょうか。

その理由をたどると、日本人が海とともに育んできた歴史や信仰、そして四季折々の移ろいを愛でる心が見えてきます。

「タイ」と名のつく魚は多いが、本物のタイは少ない

実は、「タイ」と名前のつく魚は300種類以上も存在しますが、生物学的にマダイ(真鯛、学名:Pagrus major)の仲間であるスズキ目タイ科に分類される魚は意外と少なく、13種類前後しか存在しません。キンメダイやイシダイ、アマダイなどは「タイ」と呼ばれていますが、分類上は別の科に属します。

これらは「あやかりタイ」とも呼ばれ、体の形や色、味の良さがマダイに似ていることから、縁起を担いで「○○ダイ」「△△タイ」という名前で親しまれてきました。それほどまでに、「タイ」のイメージは私たちに深く刷り込まれているのです。

マダイと主な「あやかりタイ」

魚種名学名分類(科)主な特徴
マダイPagrus majorスズキ目タイ科赤い体色、祝いの席使われる
キンメダイBeryx splendensキンメダイ目キンメダイ科深海魚、大きな目
イシダイOplegnathus fasciatusスズキ目イシダイ科白黒の縞模様、岩場に生息
アカアマダイBranchiostegus japonicusスズキ目アマダイ科柔らかい身、甘みが強い


本記事では、祝いの席で重用されるマダイを例に、その文化的背景を探っていきます。

(マダイ(左上)と『タイ』と名のつく『あやかりタイ魚』(左下 イシダイ、右上 キンメダイ、右下 アカアマダイ))

「タイ」と名のつく魚は多けれど、本物のタイは一部だけ?

万葉集にも登場する、古くからの「ごちそう」

マダイは古代から人気の高い魚で、『万葉集』にも登場しています(出典:『万葉集』巻十六)。そのひとつが、宴席で「タイを食べたい」という素直な気持ちを詠んだ長忌寸意吉麻呂(ながのいみきおきまろ)の歌です。

「醤酢に 蒜搗きかてて 鯛願ふ われにな見えそ 水葱の羹」
(現代語訳:醤油と酢に、すりつぶしたニンニクを合わせてタイを食べたいのに、目の前にあるのは水葱の汁物か……という嘆き)

この歌からも、当時の人々にとって「特別なごちそう」であったことが伝わります。

ただし、祝いの魚として定着したのは江戸時代以降とされています。それ以前はタイが人気でしたが、武士の時代になると、マダイの鋭い棘や体の形が甲冑を連想させ、武運長久の象徴として好まれるようになりました。七福神の恵比寿様がタイを抱える姿が広まったのも江戸時代で、「めでたい=タイ」というイメージが一気に広がります。

神様に奉納されてきた「特別な魚」

マダイは古くから神事に欠かせない魚でした。その代表例が、伊勢神宮にマダイを奉納する「御幣鯛(おんべだい)」です。

愛知県南知多町・篠島では、1000年以上続くとされる「おんべ鯛奉納祭」が行われており、塩漬けにしたマダイを毎年決まった数だけ伊勢神宮へ届けています。奉納する際のサイズや数量まで細かく決められており、マダイが「神に捧げる魚」として扱われてきたことが分かります。

(1000年以上続く篠島のおんべ鯛奉納祭(愛知県南知多町))

マダイの赤は「縁起色」であり「海中の保護色」

マダイの赤い体色は、エビなどの甲殻類に含まれるアスタキサンチンという色素によるものです。この鮮やかな赤は祝いの席を華やかに彩りますが、実は海の中では驚くべき変化を見せます。赤色は水中で最も早く吸収される波長のため、水深が深くなるほど見えなくなっていくのです。つまり、私たちの目には「縁起のよい色」として映るマダイの赤は、海中では天敵から身を守る「見えない保護色」として機能しています。海と魚が育んできた、生存のための巧みな知恵といえるでしょう。

さらに、この赤がひときわ美しくなる季節があります。春は産卵期を迎えて体が桜色に輝くとして「桜鯛」、秋は栄養を蓄えて深い紅色を帯びた様子を「紅葉鯛」といい、季節ごとのマダイの体色の変化を愛でた呼び名があります。

”きれいな”海の色は何色?

タイの名前の由来は「ひらたい魚」

「タイ」という名前の語源には諸説ありますが、代表的なのは「平たい魚(タイラヲ)」が転じたという説です。また、漢字の「タイ」の旁(つくり)である「周」には「広く行き渡る」という意味があり、「人々に広く受け継がれる魚」という願いを重ねたともいわれています。

お祝いの席におかしら付きのマダイが選ばれる理由

「おかしら付き」とは「尾頭付き」と書き、尾と頭が付いたままの魚のことを指します。日本でお祝いの席に登場する「おかしら付きのマダイ」には、古くからの願いが込められているのをご存知でしょうか。

先にご説明した伊勢神宮にマダイを奉納する「御幣鯛(おんべだい)」のように、神様へのお供物には、切り分けることなく尾から頭まで揃った姿が良いとされてきました。そこには「最初から最後まで全うする」という願いが込められています。

おかしら付きのマダイが登場するお祝いのシーンは実に幅広く、それぞれに願いが込められています。お食い初めでは健やかな成長と一生食べ物に困らないことを願い、結婚式では夫婦円満と繁栄を祈ります。また長寿祝いでは、マダイの長寿性(40年も生きる個体もいます)にあやかった長寿祈願が込められ、さらに新築・開店祝いでは末広がりの繁栄、正月などの季節の節目の宴では一年の区切りを寿ぐというように、様々です。

マダイは「めでたい」との語呂合わせだけでなく、人生の節目となる場面で「祝いの象徴」として親しまれてきたことが分かりますね。

マダイが彩る人生の節目──お祝い行事に込められた願い

お祝い行事時期・対象込められた願い
お食い初め生後100日目長寿・健康・一生食べ物に困らない
結婚式婚礼夫婦円満・子孫繁栄
長寿祝い還暦、古希など健康・長寿
新築・開店祝い門出繁栄
季節の節目正月、節句など無事を祈る

おかしら付きは「食べてこそ」価値がある

おかしら付きのマダイはお祝いの席で主役を務めたあとも魅力を発揮します。頭や骨からは上品で深みのある出汁がとれますので、鯛ごはんや潮汁、煮つけなど、旨みを生かした料理として楽しむことができます。海のめぐみを余すことなくいただく、日本らしい食文化のひとつです。

マダイを楽しむ──部位別おすすめ料理

部位味わいの特徴調理法おすすめの料理
濃厚な旨み、ゼラチン質豊富煮る・蒸す・焼く兜煮、潮汁、鯛めしの出汁
カマ脂がのっていて濃厚煮る・焼く塩焼き、照り焼き
中骨上品で深い旨み出汁をとる鯛めし(出汁)、味噌汁、茶碗蒸し
淡白で上品刺身・焼く・蒸す刺身、鯛茶漬け、カルパッチョ
香ばしさ(焼く)揚げる・焼く骨せんべい、素揚げ


(おかしら付き、または頭や骨などのアラを生かした料理(鯛めし、兜煮、潮汁))

まとめ

タイが特別扱いされるのは、味の良さだけではありません。色、形、歴史、信仰、語源、縁起、そして海の生態──さまざまな要素が重なり合って、祝いの席の中心に立ち続けてきました。海のめぐみを受けながら、海とともに暮らしてきた日本人の感性が生んだ文化の象徴、それが祝いの席に欠かせない、おかしら付きのタイなのです。