日本の食卓から魚が消えているといわれることがありますが、本当にそうなのでしょうか。
街の回転寿司店に並ぶ行列やテイクアウトの海鮮丼などを見ていると、私たちは決して魚離れしたわけではなく、いまも変わらず魚を味わう時間を楽しんでいることがうかがえます。
つまり、魚を敬遠するようになったのではなく、魚との付き合い方や食べるシーンが変化していると考えられるのです。そこで改めて、生活者が魚にどのような価値を見出しているのかを見てみましょう。
Umiosで行ったアンケート調査によれば、生活者が感じている魚の魅力は主に「脂のり」「鮮度」「旬の美味しさ」に集約されました。その魅力を、季節に左右されることなく食卓へ届ける方法のひとつが「養殖」です。生態や飼育環境を管理することで、天然魚の旬に匹敵する美味しさが一年を通じて安定的に楽しめるようにすること、それは養殖だからこそ実現できるアプローチです。実際に、食感やにおい、見た目など、味覚以外の美味しさの要素も数値化しながら開発された養殖魚があります。それが、今回ご紹介するUmiosの「くちどけぶり」です。
(Umios AQUA株式会社 アクア事業所 上浦漁場)
「くちどけぶり」の開発は、「高級霜降り肉のような口どけを、魚でも再現できないか」という着想から始まりました。
畜産の世界では、育種や飼料を改善し、肉に含まれるオレイン酸を増やすことで、とろけるような食感の霜降り肉を生み出しています。これに倣って、養殖ブリでも同様の口どけを作るという「魚を生物学的にデザインする」挑戦から生まれたのが「くちどけぶり」です。
「くちどけぶり」とは、特定の植物油や魚油を加えて魚粉の割合を低く抑えた飼料と、決められた条件下でUmiosが育成した養殖ブリを指します。ブリの可食部に含まれるオレイン酸が増加した結果、抽出試験では、比較対象とした従来の養殖魚や天然魚よりも融点(脂の融け終わりの時の温度を測定)が約30〜40%低いというデータが得られました。
(ブリの給餌(Umios AQUA株式会社 玄海事業所))
ここからは「くちどけぶり」の食感、におい、見た目について、データを交えながら説明します。
「くちどけぶり」とは
※特許第7248765号((請求項1):可食部の筋肉組織から抽出した脂質の融点が27℃以下であり、可食部の筋肉組織の24時間の色調比(a*/b*)の変化が0.2以下である、ブリ属養殖魚。
本特許において、脂質の融点とは示差走査熱量計で測定した「融け終わりの時の温度」を指す)
①食感:口の中で脂がとろける
試験では、脂質の融点(融け終わりの時の温度)について、天然のブリが32.0℃前後であるのに対し、「くちどけぶり」では、人の体温よりはるかに低い18.7℃という数値が確認されています。この脂質の融点の低さが、くちどけの良い食感を生み出しています。
②におい:魚臭さの低減
魚臭さの原因である「脂の酸化臭」との関連が確認された臭み成分の含有量を比較したところ、「くちどけぶり」は臭み成分がより低く抑えられているという結果となりました。4つの臭み成分すべてにおいて特許の臭気基準(請求項6)をクリアしており、官能評価でも「魚臭さが低い」という結果が得られています。
③見た目:血合部分の鮮やかな赤が持続
血合部分に特に多く含まれる「ミオグロビン」という赤いたんぱく質色素が酸化すると褐色の「メトミオグロビン」に変化します(メト化)。「くちどけぶり」は色調変化が少なく、メト化比率が低いと推察されます。
以上のことから、「時間がたっても魚臭さや見た目の変化が生じにくい」という特性は「商品価値が損なわれにくい」という利点にもなり得ます。このように「くちどけぶり」は生活者にとって魚食の選択肢を広げるだけでなく、店舗や外食チェーンにとっても「扱いやすい魚」として定着することが期待されます。
ここまで積み上げてきた客観的なデータや数値は、人の舌の上でどのような体験へと花開くのでしょうか。その答えを確かめるのが、実際の食卓や飲食の現場を想定した官能評価です。
初めて「くちどけぶり」を口にした開発リーダーが驚いたのは、脂が口の中でまろやかに広がり、香りがふわ〜と鼻に抜ける心地よさでした。その印象を一言で表そうとして思わず口をついたのが、「まろやかな口どけ」と「香りがふわ~」を掛け合わせた「まろふわ〜」という表現です。
数字やデータと真剣に向き合ってきた研究室の空気が、その一言でふっと和らぐ――。そんな微笑ましい瞬間でした。
美味しさを追求するうえで、科学的なデータによる評価は欠かせません。しかし同時に、大切なのは実際に食べたときに生まれる感覚です。「まろふわ〜」という言葉には、数字だけでは表しきれない美味しさが凝縮されています。
その一言は、私たちに「つくっているのはデータではなく、人が食べる“食べもの”なのだ」という原点を思い出させ、数字の世界から現実へと引き戻してくれるのです。
(ブリの刺身(イメージ))
「くちどけぶり」の特許取得は、Umiosの養殖事業の歴史の中では比較的新しい動きと言えます。しかし、その背景にあるのは、60年以上にわたって現場で続けられてきた地道な試行錯誤の積み重ねです。その歩みは現在も続いています。
AIが取り入れられた現場
現在の養殖現場では、AIでのモニタリングやテクノロジーによる自動化は珍しいものではなくなっています。重要なのは、そうした技術を実際の現場でどのように運用していくかという点です。
かつての養殖の世界では、水中で暮らす魚の正確な個体数や発育状況の把握は非常に困難でした。数や状態が正確につかめなければ、適正な量の餌を、最適なタイミングで与えることも難しくなり、それが結果として生育や環境、商品価値にも影響を与えます。
水中カメラとAIによる発育状況のモニタリングや、魚へのストレスを抑えながら個体数をカウントする仕組み、魚病対策のワクチン接種の機械化などは、作業効率だけでなく、管理体制そのものの精度も向上させました。その結果、魚への負荷を低減し、高品質な魚の安定供給につながっています。
(水中カメラとAIによる発育状況のモニタリング画面(一部編集))
(AIで個体数をカウントする仕組み)
これらのテクノロジーはすべて、魚にとって最適な環境を整え、高品質な魚を育てるための手段です。しかし、機械にすべてを委ねるのではなく、魚の状態やわずかな変化を確実に捉えるために、長年培われてきた人間の観察眼と、数値化されたデータを組み合わせています。
魚にとって最適な環境をー環境変化への対応
こうした技術の活用は、自然環境の変化に対する取り組みでも進められています。
近年、海水温の上昇は養殖業の大きな課題となっています。その対策として、水温が安定した環境を求めて、水温の低い深層へ生簀を沈める「沈下式生簀」の導入や、生簀を沈下させたまま水中で給餌できるシステムを運用しています。
・海面温度の上昇による影響をおさえ、適切な環境で生育できる 沈下式生簀
・生簀を沈下させたまま給餌できる水中給餌システムを独自開発
(※特許第7608561号「給餌管理システム」 特許第7660644号「給餌装置、及び給餌船」)
(Umiosのブリ養殖拠点(2026年8月現在))
2024年から加わった静岡県の拠点は、一般的な暖水系養殖魚の適地とされる海域のうち、日本最東端に位置し、高水温などの環境変化の影響を受けづらい特長があります。さらに、日本最大の消費地である首都圏に近い立地であることから、鮮度の高い養殖魚の供給、輸送距離の短縮化による温室効果ガスおよび物流コストの削減も見込まれます。
日本の豊かな魚食文化において、「くちどけぶり」は新しい選択肢のひとつです。
「くちどけぶり」の誕生も、AIの活用や環境変化への対応も、向かう先はすべて「変化する環境の中で、最高の美味しさを安定して届けること」にあります。
美味しさを数値化する科学的アプローチ、現場で培われた観察眼、そして最先端のテクノロジー。これらを掛け合わせることで、「まろふわ〜」という味わいと、魚が持つ新たな美味しさを楽しむことができます。
Umiosはこれからも魚食文化を豊かにするために、科学と現場の力で新たな可能性を切り拓いていきます。
(Umios AQUA株式会社 桜島事業所 黒神漁場)